LINEUP

Zeebra

PROFILE

今や伝説と化したヒップホップグループのフロントマンとして名を馳せたZeebra。早くからその才能を開花させ、日本語におけるラップを新たな次元へと引き上げ、ヒップホップ・シーンの拡大に貢献した立役者。97年のソロ・デビューから常にトップの座に君臨し続け、常に上のレベルを追求する姿勢に共感を覚えるリスナーも数知れない。その音楽性の高さや技術、スマートなスタイルと存在感により、男女を問わずリスナーの間でカリスマ的存在となっている。また、他のアーティストからの信頼やリスペクトも厚く、自身の作品に加え世代やジャンルを超え、数多くの客演も行っており、2003年にはR&Bプロデューサーの今井了介と日本のクラブ・シーンを代表するDJ KEN-BOとの3人で、アンダーグラウンドとオーバーグラウンド、そしてヒップホップ・シーンとR&B・シーンを結ぶプロデュース・チーム「FIRSTKLAS」を結成するなどその足は止まらない。

2005年、音楽制作に取り組みつつも、ヤクルトスワローズと明治神宮球場の演出プロデュース「BeatPark」を手掛けたり、ドラマ「15歳のブルース」に出演するなど活動の幅を広げ、2006年2月には自身4枚目となるアルバム「The New Begining」を発表した。USトッププロデューサーのSwizzBeatzやScott Storchらの参加や、AI、Mummy-D、安室奈美恵を1つの楽曲に呼び込むなど、Zeebraにしかなし得ない、まさに『不可能を可能にした日本人』として日本中を震撼させた。また、その活動の影響力は海を超え、諸外国からのオファーも殺到しており、2007年には海外の都市も含めたクラブツアーを決行。2008年にはタイで開催されたASIAN HIPHOP FESTIVALに日本の代表として招かれた。同年、ラップを始めて20周年という節目の年を迎え、Best Album「The Anthology」を発表し、自身初となる武道館ワンマンライブ「Zeebra 20th Anniversary The Live Animal in 武道館」を開催し、新たな伝説をHIPHOP史に刻み込んだ。

2010年よりAriola Japanに移籍。3月にニューシングル「Butterfly City Feat.RYO the SKYWALKER, Mummy-D & DOUBLE」をリリース。今夏には自身初となるFUJI ROCK FESTIVALへの出演を果たし、ジャンルの幅を超えた活動を精力的に行っている。また「KUROFUNE ~FLOOR INVASION TOUR~」と題した、DJツアーを全国各地で開催。現在、洋楽曲中心で構成されているクラブのフロアを、日本語楽曲オンリーの選曲で構成するという全く新しいコンセプトのもと、日本のクラブシーンへ向けて新たなメッセージも発信し続けている。その活動は国内にとどまらず韓国のヒップホップシーンへも大きな影響力を与えており、先日行われたシェラトングランデ ウォーカーヒルでのパフォーマンスでは集まった約4000人のファンに強烈な印象を与えた。つづくシングル「Fly Away」ではMR.BIG の「Take Cover」をサンプリングしたハードなロックナンバーを聴かせ、リスナーを驚かせた。その間に配信リリースした「Endless Summer feat. COMA-CHI」は、爽やかなラテンジャズ調。客演でも、DEXPISTOLSの「Fire」ではテクノ~ハウス、DJ MITSU THE BEATSの「One Hip Hop」では黒く洗練されたジャジーなトラックでラッピン。May J.の「ONE MORE KISS」ではパンク界のカリスマ・難波章浩と連合するなど、想定外かつ振り幅の広いサウンドを展開中。続く3枚目に発売されたシングル「Blue Feat. AI」、ZeebraとAIというビッグコラボ(実は2人だけの共演は初!)が実現したこの曲は、戦争、地球、人類愛などをテーマに、人道主義をメッセージする壮大なスケールのスローナンバーとなった。

そして2011年末、自らの名にインンスパイアされた“黒と白”のコンセプトによって制作された約4年2カ月振りのオリジナルアルバムが完成。この間の活動から見て分かる様、様々なジャンルとのコラボレーション、海外でのライブはたまたDJとしての活動、数えきれない軌跡から生まれた、まさにヘッズ待望のマスターピースとなった。